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【感動】最後の「愛してる」の感想|前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡

どうも!チビ(@Excelll_info)です。
肺癌を患い「余命半年」と宣告を受けた山下弘子さんが2018年3月25日未明、25歳にして生涯に幕を閉じました。同年、夫である神戸市議員の前田朋己さんが、山下弘子さんとの結婚生活や出会い、闘病生活を記した本を出版されました。
山下弘子さんを昔から応援していた私は、訃報を知って大きなショックを受けた1人です。ニュースやブログ、Twitterだけでは山下弘子さんの死因や性格、生涯について断片的にしか分かりませんでした。そのため、書籍(「最後の「愛してる」」)を購入させていただきました。書籍のあらすじや内容、読み終わったあとの感想について述べたいと思います。
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出版情報

単行本: 220ページ
出版社: 幻冬舎 (2018/10/11)
言語: 日本語
発売日: 2018/10/11
商品パッケージの寸法: 18.8 x 12.8 x 13.5 cm

難しい言葉や比喩などは多用されていないので、読みやすく、登場人物の心情などがスッと入ってくる素晴らしい書籍。夫である前田朋己さんと山下弘子さんとの馴れ初めや結婚までの道のり、そして山下弘子さんの最期までの心情やエピソードが描かれたお話です。

内容

僕らには最初から、ハッピーエンドはなかった。それでも、誰よりも幸せだったんだ。19歳でガンを患い、余命宣告を受けた山下弘子さん(享年25)。病に負けず、全力で“今”を生き抜く姿は日本中の人々に勇気を与えた。彼女をいちばん近くで見守り、支え、ともに闘ってきた夫が初めて明かす、意外な出会いから、永遠の別れのときまで―。

著 前田朋己さんについて

【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡1980年4月30日、兵庫県生まれ。立命館大学政策科学部卒業後、FVC、SBIなどの投資ファンド会社でベンチャー投資やM&Aを担当。2010年に兵庫県議会議員に当選(2018年10月現在2期目)。2013年6月に山下弘子さんと出会い交際をスタート。2017年5月に婚姻届を提出。2018年より同県議会産業労働常任委員会委員長を務める。
ブログ:兵庫県議会議員 前田ともきオフィシャルブログ Powered by Ameba
Twitter:前田ともき@兵庫県議(東灘区) (@tommaeda) | Twitter

故 山下弘子(前田弘子)さんについて

【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡山下弘子さん。1992年生まれ。立命館大学在学中、19歳の若さで肝臓がんが発覚。手術し、復学した直後に肺への転移があり、同時に肝臓がんも再発。がんがあったからこその幸せと表現する姿が注目され、自分のやりたいことに次々とチャレンジする山下弘子さんでしたが、残念ながら2018年3月、天国へと旅立ちました。
ブログ:今を生きる | 〜山下弘子のほのぼの日常〜
Twitter:山下弘子 (@hirokooo5667) | Twitter

出会いはマッチングアプリ

【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡前田朋己さんと山下弘子さんの出会いは一切公開されておりませんでしたので、その出会いについては本(最後の「愛してる」)を読んで初めて知りました。
お2人の出会いは、マッチングアプリだったのです。iPhoneやスマートフォンでアプリをインストールする、「出会い系サイト」。一般的に「出会い系サイト」はイメージが悪く、お2人は無縁にも感じただけに意外でした。

それぞれマッチングアプリに登録するきっかけについては明記されており、要約すると、
前田朋己さんは、「出会いの場を広げなければ運命の人と出会うことができないと思ったから」。
山下弘子さんは、「通院と通学の往復ばかりで気が滅入ったため」。
※この要約は私の解釈です。もう少し詳しく本(最後の「愛してる」)には明記されています。

実は私自身、世間と同じように「マッチングアプリ」には良いイメージを持っていませんでした。ですが、そういう「出会いの場、機会」があるからこそ、お2人のような素敵なカップルが誕生したのだと思うと、勝手にイメージを作りあげてしまうのはおかしいですね。
前田朋己さんはマッチングアプリで山下弘子さんを見つけ、メッセージを送ったそう。2人が直接会うまで前田朋己さんは山下弘子さんが癌を患っていることを知らなかったようです。

初めて会ったときに山下弘子さんが癌を告白したそうなのですが、その告白した理由は、前田朋己さんが「自分から離れてくれると思ったから」だそうで、距離感が近く、ちゃっかりカップルシートを予約するような前田朋己さんはチャラくて少しウザかったと、後から山下弘子さんはお話されたようです。ですが、その食事で功を奏したのか、そこから2人の距離はどんどん縮まり、交際へと発展しました。
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山下弘子さんの性格

本を読むまで私は山下弘子さんをTwitterやブログでしか知りませんでした。直接お会いしたこともなく、影ながら応援している一人でした。
そのブログを見る限りの山下弘子さんの印象は、「明るい」「前向き」「ポジティブ」「強い」「凛としている」「芯を持ってる」という感じ。
明るい言葉やポジティブな考え方、海外旅行のお話などをブログではよく更新されていました。

癌の治療や症状についても書いておられましたが、ネガティブな考えは見えず、「癌を患っているはずなのにどうしてこんなに明るいのだろう」と読者は思ってしまうほど。ですが、本(最後の「愛してる」)を読んで、山下弘子さんのイメージが変わったのは事実。(悪い意味ではなく…。)


やはり癌の症状は苦しく、手術も怖く、将来が不安、ガンマーカーが上下するたびに一喜一憂する…。癌という存在に怖く思い、泣いてしまういわゆる「普通の女の子」。そりゃそうです。癌にもなっていない私が、「もし癌になったら」という状態を想像するだけで恐怖です。


ですが、そんな姿をブログ上で山下弘子さんはあまり見せず、前述したように「明るい」「前向き」というイメージだけが読者である私に焼き付いていました。
こんなこと言っていいのか分かりませんが、本を読んで山下弘子さんの弱さを知り、さらに「癌」という存在が怖くなってしまいました。(きっと彼女はそんなこと望んでいないはずだけれど)

【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡
治療の副作用が出て、髪が抜け落ちてしまったことを以前ブログで紹介されていて、「カツラを買いました~♪」「ベリーショートにしました~!」と明るく振舞っておられたので、当時は「明るいな~すごいなー」なんて思っていましたが、実は見えないところで彼女は悲しみ、涙をしていたのだと思うと、なんとも言えません。山下弘子さんは根本的に明るく前向きな性格に間違いはないと思いますが、人並みもしくはそれ以上に、悲しむこと、傷つき涙することもあるという事を、今更ながらに知りました。

山下弘子さんは10歳まで中国で育ったそうです。
本(最後の「愛してる」)には、夫の前田朋己さんと山下弘子さんのエピソードが数多く紹介されているのですが、チャイニーズ寄りの性格なのかな?と思う場面が何回かありました。悪く言うつもりは一切ありませんが、「我が強い」「独占欲が激しい」「思ったままに突き進む」…ような性格なのかな、と感じました。私も我が強く頑固で思ったままに一直線な性格なので、一概には言えませんが…。
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海外旅行は癌と共生していくためのご褒美

本(最後の「愛してる」)には、海外旅行でのエピソードについて多く書かれています。
手術や長期に及ぶ治療をする元気の活力として、海外旅行をご褒美として考えていたそう。
ネットやニュースでは海外旅行ばかり行くので「お金持ち」や「令嬢」とよく書かれていますが(本当にそうかもしれませんが)、実際は格安ホテルでコスパを重視した旅行が多かったとのこと。治療費をクレジットカードで支払い、マイルを貯めて旅行されていたようですが、一体どれだけ治療費を払っているの…。(高額医療制度があるので、実際の負担金とはまた変わってきますが)


またあの国に行きたい!」「次はこの国に行きたい!」と考えることが、結果的に山下弘子さんの「生きる」活力に繋がっていたのだと知りました。親や友人からすると、きっと癌を患っている子に海外へ行かせるとなると不安でしょうがないかと思いますが、彼女はきちんとカルテを持って行ったり、病院を調べて準備万端な状態で日本を発っていました。さすがですね。そりゃ家族や友人にも信頼されるわけです。

「海外旅行がご褒美」は本当に共感できる。私も海外に行ってどれだけ視野が広がったか。視野が広がっただけでなく、新しい感情が生まれたり新しい世界を見ることができると、どれだけ自分が小さな人間か思い知ることとなり(良い意味でね)、「また別の世界を見てみたい」と気持ちがどんどん膨らんでいきます。

きっと山下弘子さんも同じように、世界に魅了されたお一人で、たまに行けるからこそその旅行が励みとなり、ご褒美となったのでしょう。周りの方から「癌なんだから安静にしてなさい」と例え注意をされても、それは彼女の求める幸せではなかったのだと強く思います。多くの国へ旅をすることができて、きっと幸せだったでしょうね…。
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入籍、結婚式をする予定はなかった

【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡もともと2人は入籍、結婚式をする予定はなかったそうです。
ですが交際が長く続くにつれ、「癌は結婚を害するものではない」として、前田朋己さんは山下弘子さんを説得します。

結婚式についても、山下弘子さん自身があまり乗り気ではなかったらしく、理由は「わざわざ自分たちのために時間を割いてもらってお金まで払って…花嫁のドヤ顔が嫌い」とのこと。全く私も同意見です。(ドヤ顔が嫌いとまでは思いませんが…)
ですが、ゼクシィで紹介されている結婚式の定義(結婚式は自分達のためでもあるが、親や友人に感謝をするべきである…など)について感銘を受け、式を執り行うことを決意されたそうです。

【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡
結婚式をされたのは2017年6月。ラ・フェットひらまつという大阪の中之島にある場所で式がありました。後に山下弘子さんはアフラックのCMで「結婚式をしてよかったなって思えた」とお話をされています。
ですが、それから1年も経たずに、彼女の生涯は幕を閉じました。入籍自体は、結婚式よりも少し前に済ませていたようですが、式が無事終わって9か月後に天国へ旅立つことは、無関係の私でも胸が締め付けられました。きっとご家族やご友人さんは、山下弘子さんという存在がいなくなって、胸が締め付けられる以上に大きな痛みや虚しさを感じていることは安易に想像できます。
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交際の言葉、プロポーズの言葉は非常に残念

最後の「愛してる」ですが、もちろん感動しました。感動というか、彼女の生き様に大きく拍手と感謝を送りたい気持ちで一杯。ですがそれ以上に思うことが多く、相応しい言葉が見つかりません。

ですが、夫の前田朋己さん。少しだけ私から文句をいわせてください。インタビューで「ひろとの生活に後悔は一切ない」とお話されていましたが…。
山下弘子さんは生前、「好きな人と交際し、結婚し、子供を授かって、ゆくゆく孫を見ることは『人生のフルコース』である」と言っているエピソードが作中で紹介されています。
そんな彼女の願いを少しでも叶えさせてあげるために、前田朋己さん…なぜきちんとプロポーズをしてあげなかったのでしょうか?そこだけが、私には理解できませんでした。
交際を申し込む告白をしないのは、100歩譲って…も、プロポーズが「なんとなく、なりゆきで」というのは非常に残念です。
【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡
山下弘子さんに「普通の人が辿る幸せ」を少しでも多く味あわせてあげたいという気持ちはなかったのか?と怒りに近い気持ちです。なぜ「後悔は一切ない」と言えるのか私には理解できない。もしかしたら本に書いていないだけで、プロポーズができなかった経緯があるのであればごめんなさい。ですが、プロポーズは女性にとって一生忘れられない事なのです。交際当初から「いつでも結婚するからね」と言っていたから…とか、「家を買うのが実質的なプロポーズ」とか、それはほとんどの女性が納得しないわ。それが人生の全てと言うわけではないですが、山下弘子さんは素敵なプロポーズを望んでいたのではないかと思ってしまいました。
「プロポーズが曖昧」というのは、本で言うと後半あたりになるのですが、そこからは、前田朋己さんに対して少し見る目が変わってしまったのは事実。「後悔はない」というのは前田朋己さんだけの考えであって(もちろんそのつもりで言ったのだと思いますが)、「人生のフルコース」と言って、女性の多くが経験をするような事を羨望の眼差しで見ていたのであれば、「プロポーズをしてほしかった」という山下弘子さんの願いは少なからずあったでしょうね…。本を読んでいる限りのことしか分かりませんが、それだけが残念でした。スポンサーリンク

  

アフラックのCMに出演したり講演を積極的に活動

【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡山下弘子さんは、もともと人前に出るようなタイプの人間ではなかったと、書籍「最後の「愛してる」」では語られています。前田朋己さんの勧めで、講演活動を徐々に始めていったとのこと。毎回講演では求められている議題やテーマに添って、イチから原稿を作っていたそうです。

「コピペや読み回しでなんとかなるのに…」と、前田朋己さんは言ったそうですが(議員さんが言う言葉じゃなくない?笑)、山下弘子さんは全ての物事に対して誠心誠意、全力でした。ですが、講演活動やCM出演で世間的に有名になることで、激励の言葉が増えるとともに、誹謗中傷も増えたといいます。もちろん、誹謗中傷はごくわずかではありますが、山下弘子さんはそのひとつひとつを真摯に受け止めていたそうで、傷つき涙することも多かったそうです。そういった真摯に受け止める性格が、長所でもあり、弱い部分でもあったのですね…。誹謗中傷があることは承知の上でメディアなどにも出演していたことは本当にさすがだと思います。私だったら他人の為に何かしたいとは思えないから…。
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最後の「愛してる」

2018年2月末、肺にある癌が暴れ、緊急搬送・入院・手術。
前日までは京都へプチ旅行をしているほど精神的には元気だったそうですが、肉体的には限界だったようです。意識は少しあるものの、話をすることが難しく危険な状態が続いた山下弘子さん。【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡

手術をする直前に、前田朋己さんと山下弘子さんは電話をしました。
そして電話の最後に山下弘子さんは「朋己、愛してる」と伝えます。普段は「トモ」という愛称なのに、なぜかこのときは「朋己」。この会話が、山下弘子さんと前田朋己さんの最後の会話となりました。この時の「朋己、愛してる」が、書籍のタイトル「最後の「愛してる」」に繋がってると知った時、感動で涙が止まりませんでした。

書籍(最後の「愛してる」)の後半は、山下弘子さんが亡くなるまでの状況や、前田朋己さんの行動、心情が細かく描写され、とても胸が痛くなる場面ばかり。すでに山下弘子さんは亡くなっていると分かっているものの、「どうかもう少し生きてほしい」「がんばれ」と応援したくなるほどでした。

ですがそんな祈りもむなしく、医師からは「山場です。覚悟しておいてください」という残酷な言葉を伝えられます。「余命半年」と19歳で言われたにも関わらず、めげずに5年以上がんばってきた山下弘子さん。書籍(最後の「愛してる」)の終盤では、山下弘子さんが亡くなった時の様子についても記されていました。
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山下弘子さん、天国へ

山下弘子さんは、あえて目を覚まさせない(意識レベルを下げ続ける)ように治療されていました。首には管が通り、自分で呼吸をすることも難しくなっていて、たとえ目を覚ましたとしても痛みで苦しむことになります。
誰もが死を覚悟したとき、お母さまが「最後に話をしたいので意識を戻せませんか」と医師に相談します。ですが、夫の前田朋己さんは「目を覚ましたとしても喋ることができない。苦しいだけ」と医師の代弁をし、お母さまは泣く泣く納得されます。きっとこの事実自体も言葉にするだけでキツかったんだろうな…。結果、彼女は最後のその時まで、意識は戻すことなく眠ったままでした。

また、山下弘子さんの「心臓が止まったときは心肺蘇生をしない」承諾書にサインをするよう、前田朋己さんは医師から要求されたと書かれています。要求と言っても、医師は高圧的なわけではなく、もし心臓が止まって蘇生マッサージをした場合、肺に大きなダメージを与えてしまうため、やむなく下した結論です。心臓が止まれば、死。「蘇生マッサージをしなくて良い」という誓約書に夫がサインをするのです。どれだけ辛かったでしょう。自分の立場になって考えただけでもそんな要求、思いとどまってしまうのに…。最後の最後まで頑張った山下弘子さんだからこそ前田朋己さんは理解できていて、サインできたのでしょう。みんなが辛い中、冷静に考えることができて素晴らしい。


当時のブログでは、入院され3日連続で手術をしたことなどを、山下弘子さんに代わって前田朋己さんが報告していました。
読者(フォロワー)である私たちはそれだけの情報しかありませんでしたが、どこか「いつもと違う感じ」がなんとなく伝わってきていました。

山下弘子さんが亡くなる直前、病院で寝ていた前田朋己さんは目を覚まします。
ふと慌ただしい雰囲気を察知し山下弘子さんの元へ行くと、1分もしないうちに「ピーーーッ」という機械音が…。駆けつける医師や看護師が死亡したと家族に伝えるも、「え?今死んだの?」と実感が湧かない様子。そりゃそうです。ついこの間まで喋っていた人が、もうこの世にいないってどういうこと?と、混乱するに決まっています。

そんな彼ですが、山下弘子さんのことを知らせなくてはと思い、Twitterやブログを更新します。


きっと、「応援してくれている人になるべく早く知らせるべき」と使命感がはたらいたのでしょう…。さすがです。もしくは何かに手をつけることでなるべく平静にしたかったのか…でも、私だったら気が動転してできないな…。
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遺書や葬儀は?

山下弘子さんの訃報はまたたくまにネットニュースなどで取り上げられ、情報が拡散されました。葬儀の詳細もTwitterやブログにて拡散され、多くの方が参列されたようです。その中で一人の男性がやってきて、前田朋己さんにこう伝えられたそうです。

引用

通夜の夜11時過ぎに、50代くらいの男性がお見えになりました。
「面識はないが彼女は命の恩人だ。ぜひ焼香をさせて欲しい。」
ひろにお会いいただいた後にお話を伺うと、その男性も肝臓癌で、ステージⅢとのこと。
がんと判明した後は、自暴自棄になり、会社を辞め、治療も拒否していたそうです。
しかし、彼女の生き方を目にして、こんなに若い子が頑張ってるんならと、勇気を出して治療を行い、なんと完治。2月からは再就職も果たしたそうです。

ひろが多くの人に与えた影響を改めて実感しました。
私にとってのひろは、最愛の妻であり、最高の友でもあり、偉大な恩師でもありました。
彼女と過ごした約5年間が私の人生で一番幸せな時間だったと思います。

こんなエピソードから分かるように、山下弘子さんは多くの方に影響を与える偉大な人でした。講演や人前に出ることは苦手であると言っておられましたが、その甲斐あって救う命もあったという事を山下弘子さんが知ると、きっと誇りに思うことでしょう。

葬儀の直前、山下弘子さんは生前(それも直近の京都旅行で)、「自分の葬儀には、私のために用意してくれた花を一輪持ってきてもらいたい」と話していた事を、前田朋己さんは耳にします。そしてfacebookの友人限定記事で、山下弘子さんを思って花を一輪持ってきてほしいと伝えました。すると告別式には、ひまわり(山下弘子さんが好きだった花)を始めとする色とりどりの花をご友人たちは持ちより、山下弘子さんの旅立ちを見送りました。
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本を読んだ感想

【感動】最後の「愛してる」前田朋己著、山下弘子さんガンとの闘病生活|出会い、癌との共生、最期の軌跡山下弘子さんが癌になり、ブログを立ち上げた頃から私は知っていました。
不定期に更新される彼女のブログには、日々の嬉しかった出来事、病状の変化、家族や旅行のことなど、明るい話題ばかりが更新されていました。
「大阪に住んでいて年齢も近く海外旅行が好き」という、私と共通するポイントが多いだけに、ひっそりとではありますがブログを読んでエールを送っていました。
ですが、2018年3月。多くの人の願いも叶わず、命を引き取りました。

若くして癌を患うとはどういう心情なのだろう?
どれくらいの痛みや寂しさ、怖さがあるんだろう?
なぜ彼女はあそこまで明るくいられたのだろう?

癌になっていない私ですが、「もし癌になったら…」と考えるだけで相当な恐怖があります。現代では、癌を患う確率は「2分の1」と言われています。

たとえ癌になっていなくても死は訪れます。
癌になっていなくても明日不慮の事故に遭遇してしまうかもしれません。

人はいつ死ぬのか分かりません。だから、「今」を一生懸命、胸を張って生きるべきなんですね。

私は今のところ癌は患っておらず、健康な日々を平凡に暮らしています。健康なことが「普通」になっているので、ありがたみや幸福感をそこまで感じてはいませんでした。ですがこの書籍と出会い、日々の幸せや周囲にいる人たちのあたたかさを、今まで以上に大事にしようという気持ちが新たに芽生えました。同時に、今自分が悩んでいること(主に会社や人間関係など…)なんて、打破しようとすればできる状況です。癌を患うとなると、自力で打破することすらできません。今自分が置かれている状況は、本当に幸せなことなのだと思い知らされました。(でも何日か後にはまた「普通の日常」だと思ってしまうんだよね…怖い。)

また、この書籍(最後の「愛してる」)には、ネットやニュース、ブログでは公開されていないエピソードやガンの症状、当人の心情が多く書かれています。これまでブログやTwitterでは山下弘子さんが書いていましたが、今回の書籍は旦那さんである前田朋己さん。夫・家族として見る癌の辛さなどが細かく描写されています。ただ文字だけを読む第三者(読者)でも、彼らの心情は計り知れない辛さや道のりだったのではと想像がつきます。でも、「辛い」「しんどい」だけではない、大好きなひまわりのように、「まっすぐと明るく前を向いていれば、必ず良いことが起きる」と生前山下弘子さんは語っておられました。そんな話を聞いて、彼女は自分のメンタルの扱い方が非常に上手な人なんだな…と実感。そして、もっと世間に影響を与える存在でいてほしかった…と寂しさを抑えきれません。
会ったことも話したこともコンタクトを取ったこともありませんが、山下弘子さんの訃報を聞いて涙が出てきました。なぜ涙が出てきたのか問われるとすぐには分かりませんでした。

身近だと思ってた人が亡くなったから。
早すぎるでしょう…と思ったから。
山下弘子さんが亡くなると思っていなかったから。
神様は不公平なのでは?と悲観してしまったから。

多くの感情が涙としてあふれだし、いずれにせよ悲しい気持ちで一杯でした。

命の尊さについて考えることを教えてくれた山下弘子さん。
どうか天国では元気にいろんなところを旅して、毎日安らかに過ごせますように。

そして前田朋己さん、素敵な書籍でございました。
前田さんをはじめとする山下弘子さんのご関係者みなさまの将来が光輝いていることを、心よりお祈り申し上げます。
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